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Santa Claus
Santa Clausの由来 「4世紀に現トルコにある、小アジア(Asia Minor : Anatolia)の司教St. Nicholasが中世になってから子ども、学生、船員などの守護聖人として広く信奉されたため、彼の名にちなんだ伝説が生まれたのであろう。ヨーロッパでは、12月6日の聖ニコラウスの祝日に、彼にふんした人物が各家庭を訪れ、子供たちの悪行をいましめ、善行をほめ、菓子や果実類を配る習慣がある。これがオランダ人により、アメリカに伝えられ、クリスマスの贈り物の習慣と結びついて世界中に広まった。」(講談社Ground Universe)
いろいろサンタについて調べてみましたが、St. Nicholasの祝日の習慣が世界中に広がり、いろいろな国がその国の文化によって色づけされていったことがわかりました。非常に奥深いことも分かったので、Santa Clausや Christmas については随時ネタを増やしていきたいと思います。
St. Nicholas はイタリア人? Santa ClausのモデルになっているのがSt Nicholas という司教(bishop)であったということは有名です。まずS社のCD-ROM版の辞書(“Book…”です。)を調べてみたところ、「ミラノの司教」という記述があったので、「St. Nicholasはイタリア人だったのか。」と思ってしまいました。ところが調べていくうちに、イタリアと関わりが出てくるのは、彼の死後であることが分かりました。他の辞書を調べてみてもSt. Nicholasは、“Bishop of Myra in Asian Minor”であり現在のトルコの司教ということしか書いてありませんでした。「Myraの司教か…」と辞書を見ながらつぶやいているうちにはっとひらめいてのS社の編集局にメールを打ちました。
先日からSanta Clausについていろいろ調べておりまして、貴社の “Book〜” でもSt. Nicholasを調べてみました。そこには「ミラノの大司教」という記述があったので、イタリアの司教なのかなと思っていました。しかし、Nicholasは、Asia MinorのMyraという都市の司教であるという解説しか見当たりません。ひょっとして、 “Book〜” 記載の「ミラノの大司教」というのは「ミラ(Myra)の大司教」の間違いではないかと思うのです。
すると翌日すぐに編集局の方から返事が来ました。そのまま載せておきます。
St. Nicholasについてお問い合わせいただきまして、ありがとうございました。ご指摘のとおり、「ミラノの大司教」は間違いでございます。「キリスト教人名辞典」(日本基督教団出版局)では(ミラの)ニコラオス ミラの司教。聖人。ミラ(現トルコ)の司教として働いたことのほか、史実としては何も知られていない。(以下略)American Heritage DictionaryにもBishop of Myraとありました。Bishopですので、大司教ではなく司教とすべきでもありました。なるべく早い段階で「ミラの司教」と訂正いたします。申し訳ございませんでした。今後ともお気づきの点がございましたら、ご教示くださいますようお願い申し上げます。○○館 コミュニケーション編集局 外国語編集
ということで、St. Nicholasは、現在のトルコにある “Asian Minor”(小アジア:地中海と黒海に囲まれる半島)のBishop(司教)であることが分かりました。
ちなみに、最新版の “Book~” を見てみると、「ミラの司教」といった解説はばっさり削除されていました。(2002年8月)
Santa Clausの語源 Random Houseの The Maven’s Word of the Day ~Santa~ で、Brendan Pimperという方がおもしろい質問をしていました。「“San” や “Santa”は、都市の名前のはじめに使われることが多いですが、“San” は “Saint” のmasculine formで、“Santa” は、feminine form なのに、なぜSaint NicholasはSanta Clausになったのでしょう?」という質問でした。
Random Houseによると、これはスペイン語ではなくて、オランダ語の “St. Nicholas” という言い方が語源になっているということです。標準オランダ語ではSinterklaasですが、オランダ語の方言であるSante Klaasがもとになっているそうです。
このSanta項目の冒頭の引用にもあるように、聖ニコラウスの祝日の習慣をアメリカに伝えたのがオランダ人だったので、オランダ語が語源となったようです。現在の New York に最初に移り住んだのがオランダ人で、New York という名前ではなく、New Amsterdam という地名だったことを知っていると、“Santa Claus” はオランダ語に由来することが理解できると思います。
サンタクロースとコカコーラ “Santa Claus” という存在がアメリカ特有のものであることが、語源からお分かりいただけたと思います。ところで、多くの人が思い浮かべるサンタクロースの服装(赤い上着に白の縁取りがされたもの)もアメリカが発祥地なんです。
1931年、コカコーラは冬のキャンペーン促進のために、八ッドン・サンドブロムというアメリカの画家に “サンタクロース像” を描くように依頼。サンドブロムは、コカコーラの赤と白をサンタクロースの服に使って描くことにしました。しかも、あのふくよかなサンタクロースは、ルー・プレンティスという定年を迎えた営業マンがモデルになっていたそうです。このように、コカコーラという一企業が販売促進のために、実在した親近感を持てる一営業マンをモデルにして描かれたものが、現在の “サンタクロース像” になっている事実は興味深いものがあります。
火あぶりにされたペール・ノエル(サンタクロース)
「虚偽を闘うことを望む、教区内のすべてのクリスチャンの家庭を代表して、250名の子どもたちが、ディジョン大聖堂の正門前に集まり、火あぶりにした。」処刑が終わると、このような「コミュニケ」が読み上げられたそうです。
この“ペール・ノエルの処刑”に対しては、カトリック教徒のなかでも賛否両論があったようです。確かに、さまざまな言い伝えや風習、神話などがまざってできあがった「ペール・ノエル(サンタクロース)」という存在は、キリストの降誕祭には直接の関連はないと考えられます。上で述べたように、現在の「サンタクロース像」は、それこそ「コカコーラ社のイメージキャラクター」なわけですから宗教的な意味はありません。そうした“よそもの”が、クリスマスが近づくにつれて、大きな顔をして教会のなかに居座ることに教会が腹を立てたのも理解できます。
こうしてペール・ノエルは処刑されたわけですが、翌日の24日のクリスマス・イブの夕方6時には市役所で“復活”しています。 ちなみに、1961年には、教皇パウロ6世がサンタクロースを“降格”しているそうです。サンタクロースはこのように受難の歴史を歩んでいるのです。
キリスト教的とみられる「クリスマス」という行事の中にも、いろいろな側面があるのだと思います。
参考文献
サンタクロース学(夏目書房)
関連サイト
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